薄毛や若ハゲの対策としては昔からカツラや育毛剤が使われてきましたが、皮膚の移植による植毛というアイデアも19世紀には既に存在しており、1939年には日本の奥田医師が、頭の火傷の跡に皮膚を移植して定着させるという世界初の植毛手術を成功させ、他人の毛髪ではダメだが自分の毛髪なら移植可能であることを証明しています。奥田医師は第二次大戦中に死亡したため、この研究成果は忘れられてしまいましたが、1950年代からは欧米諸国で再び毛髪の移植に関する研究が盛んになり、1959年にアメリカのノーマン・オレントライヒ博士が完成させたパンチ・グラフト植毛は、その後1960年代から1990年代前半にかけて、植毛技術のスタンダードとして多くの人から支持されてきました。この方法のメリット・デメリットは、どのような点にあるのでしょうか。
パンチ・グラフト植毛はフルサイズグラフト植毛とも呼ばれており、直径3~4mmの円筒型のメスを用いるのが特徴で、この器具を使って後頭部の皮膚をくり抜きドナーとしますが、ひとつのドナーにつき10本以上の髪が生えていて、それらを全部まとめて移植するため、時間がかからないのがメリットのひとつです。毛髪に限らず、臓器の移植手術ではドナーの生命力がカギとなり、新鮮な臓器ほど手術の成功率が高くなるわけですが、短時間で移植できるということは毛根の新鮮さを保ったまま植え付けられるということですから、この方法を採用すれば高い定着率を期待できます。また毛包を株分けしないで移植するため、毛根に余計な傷をつけることがなく、これも定着率の高さの要因となっていましたが、ひとつには当時の技術力が未熟で、株分けしていると時間がかかりすぎて不可能であったという事情もあり、他方移植単位をもっと大きくすると、ドナーの一部が壊死する可能性があって、大きすぎず小さすぎない単位が直径3~4mmであったということになります。
この大きさのドナーを薄くなった部分に植えていくわけですが、間隔を詰めすぎると栄養が不足するため、ある程度の間を空けて植える必要があり、密度が低いという欠点があるだけでなく、移植部分には十数本の毛がまとまって生えているので、仕上がりとしては人形の髪の毛のように不自然な見た目になってしまいます。またドナーを採取した部分には大きな傷跡が残るというデメリットもあり、なかなか傷がふさがらないのと同時に、何度かに分けて手術をするため、植えた部分の不自然さを隠すのにも時間がかかり、手術を受けてから社会復帰を果たすまでには、半年ほどもかかる場合もあって、精神的な負担も相当なものでした。
パンチ・グラフト植毛のメリット・デメリットをまとめると、メリットは手術が早く終わり定着率が高くなること、デメリットは見た目が不自然になることで、とりわけ生え際の不自然さは評判が悪く、現在ではパンチ・グラフト植毛がAGA治療の選択肢として用いられることはほとんどなくなっています。しかしパンチ・グラフト植毛のアイデアは、現在の植毛手術のスタンダードであるFUTやFUEとして受け継がれており、技術力が向上するとともに、毛根の株分けやドナー採取の方法も、直径1~2mm単位で移植するミニグラフト法や、直径1mm程度で移植するマイクログラフト法が開発されて、自然な外観と手術スピードのアップを両方とも実現できるようになっています。
これらの方法ならばドナー採取後の傷跡も小さく、ほとんど一度の手術で終わるため負担を減らせるだけでなく、必要な部分だけを選んで植えていくことができ、植毛したことが分からないほどの仕上がりにすることが可能です。”
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